製造者 江井ヶ嶋酒造株式会社
兵庫県明石市大久保町西島919
品目 清酒
内容量 300ml
原材料名 米(兵庫県産)、米こうじ(兵庫県産米)
アルコール分 15度
精米歩合 70%
(以上、ラベルより転記)
「日清戦争時、日本海軍の旗艦高千穂のマストに鷹が舞い降りたというエピソードと、神も正義の戦いに味方したことにちなんで、勇ましい正義のシンボルとしてつけられた」(※1)という
“神鷹(かみたか)”。
江井ヶ嶋酒造さんは、清酒のみならず、ウィスキーやワインも手掛けていらっしゃるのだとか。
かつては大分市内に焼酎蔵を所有されていた時期もあったようです。
その江井ヶ嶋酒造さんのお酒は、これまでに以下の物をいただいております。
【お酒】524.神鷹 たる酒 300ml
【お酒】643.神鷹 サケカップ
【お酒】1702.神鷹 吟造り 吟醸酒 300ml
【お酒】2268.神鷹 吟醸 300ml
今日いただくこの神鷹は 純米酒。
品質表示はこちら。
ですがこの神鷹、生酛でも山廃でも速醸酛でもなくて、
“水酛仕込み”(みずもとしこみ)なんだってさ。
水酛の解説はこちら。
皆さん、これで、水酛についてよーくわかりましたね。
いやいや、そんなことはございませんです罠。
そうなんですよ川崎さん!
(山本耕一@アフタヌーンショーより)
ここからワタクシの、
自己満足的ウンチクたれ放題がはじまるのですよ!
1.酛=酒母とは
酛(もと)あるいは酒母(しゅぼ)について簡単に触れると、酒造りの仕込前に用意しておく、酵母の培養液です。
これを用意しておくことで、もろみ中での並行複発酵(でんぷんの糖化+アルコール発酵)を一気に進めることができるのです。
酛・酒母についてはかつてこちらで触れておりますので、ご確認下さい。
以下、これらを踏まえた上での記述となります。
2.水酛とは
水酛(みずもと)は、酛・酒母を造る方法の一つです。
他の方法としては、生酛(きもと)やその派生である山廃酛(山卸廃止酛:やまおろしはいしもと)、速醸酛(そくじょうもと)と言ったものがございます。
細かく分類するともっといろいろとあるのですが、とりあえず特徴的なものとしてこれらを抑えておけば問題ないと思います。
なお、山廃酛は明治末期に発明された生酛の簡略形態(下記(1)(2)を省略したもの)であって、生酛や速醸酛と比べると、水酛の栄枯盛衰とはそれほど密接な関係はなかろうと判断し、以下では触れてはおりません。
あしからず。
このブログでは、かつて、水酛の一例を紹介しております。
それは、“菩提酛(ぼだいもと)”。
菩提酛は、正暦寺(奈良県奈良市)で造られている水酛なのです。
詳しくはこちら↓をご参照下さい。
【お酒】1082.三諸杉(みむろすぎ) 菩提酛 純米酒 300ml
「「菩提酛」は「水酛(みずもと)」ともいい、(中略)その造り方は『童蒙酒造記(どうもうしゅぞうき)』に記載されている。」(※2)とあります。
この『童蒙酒造記』は「一七世紀末の酒造法を詳細に記述した教科書的な酒造技術書といわれる。「童蒙」とは、まだ知識も理解力も十分ではない子どもという意味だが、子どもでも理解できるほど懇切ていねいに書かれているという意味か。延宝五年(1677)から貞享三年(1636)までの米価と酒価の記述があることから、貞享四年以降、遅くとも元禄(1688~1704)の早い時期の成立と考えられる。」(※3)とあることから、
水酛は江戸時代前期かそれ以前の戦国・室町時代から普及していた古い酛立て(酒母造り)の方法であることは確実であろうと思われます。
水酛による酛立ては、下記ⅠⅡの2工程の作業によって構成されています。
Ⅰ:生米と蒸米とを水につけて乳酸菌を育て、乳酸発酵によって酸性になった水(そやし水)を作り出す工程
Ⅱ:そのそやし水を仕込水として用いて、酵母を培養する工程
このように水酛は、自然の力によって乳酸発酵させることから、生酛の原型であるとも言えます。
それだけではなく、乳酸を含んだそやし水を仕込水として使うということでは、速醸酛の原型でもあると言い得るのです。
3.水酛の利点
「夏期の酒造りの酒母として,生酛や山廃酛は不可能であるが,水酛では必ず酵母が集殖されるという結果は,温暖期の酒造りに使われていた事実を十分裏付けるもので,先人の偉大な発見といえよう。」(※4)とあるように、水酛は比較的温暖な時期においても有用な酛立て方法だったそうです。
それと、もうひとつ。
これは完全に私の推測です。
生酛の場合は、一旦混ぜた米と麹とを、たくさんの半切り桶に小分けし、それを山卸(酛摺り:攪拌作業)して再び一つの大桶に集約するという、かなり手間がかかる各作業があるわけです。
すなわち、
(1)半切り桶への小分け
↓
(2)山卸(酛摺り)
↓
(3)大桶(酒母タンク)に集約(酛寄せ)
これら(1)(2)(3)の各工程を効率よくこなすためには、かなりの人手を要することになります。
一方で水酛では、これらの作業を要しないわけですから(せいぜいそやし水をすくって酛立て用の大桶へ入れるだけ)、人手が少ない小規模の蔵元であっても為し得たことが、水酛が採用され続けた一因ではないでしょうか。
ですがその水酛も、後述のとおり速醸酛の登場でこれに代わられることになるわけですけれど。
4.水酛の問題点
ただこの水酛には、問題点があるとのこと。
それが、今日では廃れた原因なのだとか。
生酛の場合は、
上記(1)(2)(3)の作業を終えた後、それを低温環境下で攪拌しつつ保持することで、下記(a)(b)(c)(d)(e)の順番で自然発生的に変化が生じます、
(a)硝酸還元菌の増殖による亜硝酸の発生
(b)亜硝酸による有害微生物の淘汰/有用乳酸菌の増殖
(c)乳酸菌による乳酸の発生/麹による糖化の促進
(d)乳酸で強酸性になり硝酸還元菌と乳酸菌とは死滅/亜硝酸の分解消失
(e)清酒酵母(耐酸性)のみの増殖
このように、最終的には清酒酵母と乳酸とだけが酒母の中に確実に残るわけです。
「生酛は冬の厳しい寒さを利用する方法でもあり、江戸時代初期にはすでに「寒造り酛」として基本的な製法が確立されていた。」(※5)とのこと。
一方で、「酵母の基礎的研究が若い微生物学者矢部規矩治博士(10)(11)、沢村真博士(12)らの手で進められていたが、特に矢部博士の「日本酒母」(Saccharomyces Yabe 今日の清酒酵母)の発見は、日本人として初めての輝かしい業績であった。
(10)矢部規矩治「清酒酵母の由来について」・東化・一七・二九(
(11)矢部規矩治「日本酒母(Sacch. Sake)の本源」・東農学報・三・二二一(一八九七)
(12)沢村 真「清酒イーストの養料に関する研究」・東化・一八・一〇五(一八九七)」(※5)
とあるとおり、酵母の発見は明治29(1896)年・同30(1897)年になってから。
ということは、江戸時代初期に確立されていた生酛造りの方法は、酵母の存在もアルコール発酵のしくみをも知らないまま、完全に経験則だけに基づいて確立されていたわけです。
あたしゃこの点が、ものすごいことだと思うのです。
お酒って、人々が生きるためにけっして必要不可欠なものではないわけですよ。
(オマエには精神を安定させるために必要不可欠だろ。)
それなのに、酵母の知識も発酵の理屈も知らない中で、何度も何度も失敗を繰り返しつつもその中から成功した点だけを抽出し、最終的には完璧な酛造りの技法である生酛を確立させたわけですから。
生きていくために必要不可欠なものではないにもかかわらず、そこまでの情熱と忍耐とを杜氏以下蔵人たちに湧き起こさせたわけですから。
閑話休題。
また速醸酛は、化学的に生成された純度の高い乳酸を添加することで(a)から(d)までを省略し、はじめから(e)のみをさせる方法。
それ故、速醸酛も、最終的には清酒酵母と乳酸とだけを残すことが可能なのです。
これに対して水酛はそうはいかず、かなり不安定であるという問題点が指摘されています。
A:「水酛では,酵母も乳酸菌も自然集殖のため,仕込毎に異なった性質の菌が出現し、酒母やもろみの経過や成分が変動し、好酒質が保たれ難い。」(※7)
B:「水酛では亜硝酸の生成は殆どないので(第3表),山廃酛のように酵母に対する淘汰現象はないと考える。Killer 酵母が多く検出されたこと,そやしや水酛からのプレート上のコロニーはほぼ一様であることから,最初に出現,増殖を始めた菌株が圧倒優先したものと考えるものである。」(※4)
「共棲してくる乳酸菌の性質によって結果は重大で第3表、第4図のような場合には腐造を免れ得ない。また酵母の性質も様々で,酒質もその影響をうけたと推測される。このように水酛造りには微生物相をコントロールする理論と手段がない。」(※4)
C:「水酛には弱点がある。酵母とともに乳酸菌も必ず増殖してくるから、これを酛にしたもろみには乳酸菌も活躍し、どうしても酸の多い酒になり、下手をすると酸敗してくる。」(※8)
それ故、
「速醸酛の発明を境に、水酛が使われなくなった」(※8)
とのことでした。
今日では、水酛は、菩提酛のような特殊な例を除いて一般的な酒造りではほとんど使われていないのだそうです。
5.水酛で造られたお酒の味
そんな水酛を復活させた、江井ヶ島酒造さん。
察するに、江戸明治大正期とは異なり、雑菌や有害微生物が外部から侵入し得ない環境で酛立てをなさっていることでしょう。
それ故、今日いただくこのお酒に関しては、上記A・Bのような酒質への悪影響や腐造をもたらすような失敗はないものとお察し申し上げます。
しかしCは、外部からの作用ではなく水酛の性質そのものに起因する影響でしょうから、防ぐ方策はないと思います。
それ故、もろみ中への乳酸菌の侵入と活性化とにより乳酸が増え、結果として乳酸の含有量が多めの酛となり、それを使用して造ったお酒は酸味がかなりはっきりしたすっぱめ味わいになることは避け得ないものと予想し得るわけです。
まあでも、その乳酸がすっぱさのみならず、酸味自体の深みをもたらしてくれれば、その深みを味わうことができる美味しいお酒になるかもしれません。
瓶の肩にかけられたPOPには、いちおうそのような味になっている旨が紹介されておりましたよ。
おつかれさまでした。
よくぞ生き残った我が精鋭たちよ!
(谷隼人@風雲!たけし城より)
ここまでワタクシの自己満足的ウンチクたれ放題にお付き合いいただきましてありがとうございました。
それではいただいてみましょう。
POPには“冷やして◎”・“ぬる燗◎”と書かれておりましたので、それに従っていただきます。
まずは冷蔵庫で冷やしたものを。
お酒の色は、淡めの琥珀色でした。
香りはなし。
うまみは濃いめですが、穏やかです。
米のうまみが良くわかり、酒臭さ(ほめ言葉:以下同じ)を穏やかに感じます。
熟成感はかすか。
苦みや雑味はゼロですね。
それにキレもよい。
酸味は、ややはっきり。
すっぱさは鋭さを感じるものの、むしろ弱め。
でも、酸味の深みをしっかりかつこれも穏やかに感じます。
スーはかすかで、ピリはなし。
甘みは、ややはっきり。
前に出ては来ないものの、後味で幅を感じます。
濃醇深ちょいすっぱスッキリ旨やや甘口のおいしいお酒でした。
かなり酒臭くて角がバリバリであると予想しておりましたが、正反対!
うまみが穏やかで角や荒さはなく、米のうまみさえわかりました。
酸味も、当初は耳の下辺りがキュッと感じるようなすっぱさを予想していたものの、すっぱさはそれほどでもなく、むしろ酸味の深みをしっかりかつ穏やかに感じることができました。
後味で甘みを感じることもでき、それが味わいをうまくまとめる要のようでした。
うまいね!
やっぱりこの味こそが、現代の水酛仕込みなのでしょうか?
次に、燗にしてみました。
酸味が立つ!
すっぱさが鋭くなってやや強め。
でも酸味自体の深みもはっきりしてまいりました。
うまみは、酒臭さが前に出てまいりましたよ。
キレもよくなり、かつちょいスーで、かなりスッキリ。
甘みは引いて、後味で幅をかんじなくなりました。
燗だと、濃醇深すっぱちょいスースッキリ旨やや辛口のおいしいお酒になりました。
燗のほうがうまみに厚みが出て酸味の深みが際立ちました。
それなのに、燗のほうがキレがよく、ちょいスーもあってかなりスッキリしておりました。
それでいて甘みが引いてキリッと引き締まった感じがいたしました。
冷やしたものもうまいけれど、オイラは燗が好みでした。
というか、断然燗だね。
現代の水酛造りのお酒は、とてもおいしくいただくことができましたとさ。
それ故に、あっちゅう間でございましたとさ。
めでたし、めでたし!
そんな神鷹水酛仕込みと合わせた今日のエサですが、
濃い味の料理と合うと書いてありまりましたので、
今日は、拙宅にて常備している味噌2種類を使い、2品作ってみました。
まずは、麦味噌。と言っても100%ではなく米も併用されているもの。
それでも香りと甘みとは麦味噌そのものです。
モーリタニア産のたこを買ってきて、
ぬた(たことわかめとねぎとの酢味噌和え)。
これはおいしい!
たこの味と味噌の風味とがばっちり!
味噌よりもむしろ、酢の酸味がお酒と合う。
愛知県産の赤味噌(豆味噌)。
さば缶(水煮缶)。
さば缶(水煮缶)の味噌煮。
さばの味噌煮缶とはちゃいまっせ!
これは味噌の深みがお酒とバッチリ!
あー、お酒もつまみもおいしかった!
ごちそうさまでした。
(※1)神戸新聞総合出版センター編『播磨の地酒 こだわりの酒蔵めぐり』p.6-7(2010.10 神戸新聞総合出版センター)
(※2)小泉武夫監修『日本酒百味百題』p.27(2000.4 柴田書店)
(※3)(※2)p.212
(※4)秋山裕一・若井博子・大内弘道・熊谷知栄子・大塚謙一(国税庁醸造研究所)『水酛に関する生態学的研究』p.318(日本醸造協会雑誌 75巻4号 p.314-319 1980.4 日本醸造協会)
(※5)(※2)p.130
(※6)坂口謹一郎監修・加藤辨三郎編『日本の酒の歴史』p.262およびp.279(参考文献)(加藤百一執筆『日本の酒造りの歩み』p.41-315中 1977.8 研成社)
(※7)(※4)p.314
(※8)秋山裕一『日本酒』p.141(1994.4 岩波新書)
この記事へのコメント
kontenten
拙い脳味噌から搾り出しますが・・・生酛って、その蔵に住んでいる
菌を培養?使って?醸造したお酒って聞いた事がありました(^^ゞ
たぶん違うのでしょうね・・・いつもほろ酔いで申し訳ありませんm(_ _)m
newton
skekhtehuacso
ご指摘の件は、「蔵付き酵母」ですね!
もちろん、酵母の存在を知らなかった江戸時代の生もと造りでは100%蔵付き酵母でしたでしょう。
しかし今では生もと造りでも酵母を添加する造りがほとんどだと思います。
ですが蔵付き酵母は今でもこだわっていらっしゃる蔵元さんも散見され、生もと造りのみならず、山廃や速醸もとでも蔵付き酵母は使用可能ですし、焼酎(青ヶ島の青酎)や泡盛(石垣島の蔵元など)の醸造でも用いられておりまっせ!
skekhtehuacso